マリンスノー
prologue
「なぎ!」

分厚い図鑑を短い腕でぎゅっと抱きかかえながらこちらへ走ってくる君が私の名前を呼ぶ。

「マリンスノーって知ってる?」

「まりんすのー?」

「うみのゆきって意味なんだよ!」

「うみにもゆきがふるの?」

「うん!これ、すっごくきれいじゃない?」

君が図鑑をぱっと開くと、マリンスノーが載ったページがすぐに開かれる。
開き癖がつくくらい読まれていて、端がよれよれになったそのページに載っている写真を見たとき子供ながらに言葉を失うという感覚を味わった。

深海の暗く群青と黒が混ざった海の中、ぽうっと光が差すように、小さくて儚くて、それでいて美しい雪のようなものがゆらゆらとうごめいていた。

今まで見たどんなものよりも、美しいと思った。

「なぎ、これを見に行こう!」

「うん、なぎもみたい!」

「やくそくね。」

「やくそく!」

今思えば、叶うわけない願いだけど。
それでもこのときの私たちは、この海に降る雪みたいなキラキラを自分たちの物にできるって信じてた。
うみくんくらい、この雪を欲しいって思ったの。
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