マリンスノー
「私なら大丈夫だから!」

「えっ。」

「凪?」

「そういえば、委員会あるの忘れてて……。
 雪加瀬さん!うみくんひとりになっちゃうから一緒に行ってもらえますか?」

「は、はい!私で良ければ。」

「ってことだからうみくん。いつもより100倍は遅く歩いてきてね!」

「ちょっ……凪!」

「じゃあまた学校で!」

うみくんの返事を待たず、走ってその場を去る。
その時、一回だけ後ろを振り向いたけど。

ぎこちない雰囲気の中、遠慮がちに手を繋ぐふたりが視界を埋め尽くした。

……あんな表情のうみくん見たことない。

幸せそうに、愛おしそうに、雪加瀬さんを見つめる表情。
泣きそうになるのをこらえながらふたりが見えなくなるところまで走る。

「はあ……はあ……はあ……」

体力の限界で足を止めると、もう学校が目の前だった。
こんなに走ってきたんだ。

どれだけ必死に逃げたかったんだろう。
みじめな自分に乾いた笑いが零れる。
涙が零れないように唇をかんでいると。
ぽんっと肩を叩かれた。

ぱっと後ろを見ると。

「おはよう、凪!」

「……おはよう、霞くん。」

朝でも変わらない、眩しい笑顔を見せる冬野くんがいた。

*
「そういえば、冬野くんって下の名前なんて言うの?」

私が泣き止んだ後。
授業が終わるまで一緒に屋上にいることにした私たちは。
そのまま隣に座ったまま雑談をしていた。

「え……。」

素朴な疑問だった。
冬野くんは有名人で、よく噂話を聞いていた。
でも、下の名前が出てきたことは一度もなかった。
誰ひとりとして、冬野くんを下の名前で呼ぶ人はいなかった。

「その、よければ教えて欲しいなって……」

「…………み。」

「え?」

「……かすみ。」

恥ずかしそうに“かすみ”と呟く冬野くんは。
顔が真っ赤だった。

「かすみくんって言うんだ。綺麗な名前だね。」

「……え?」

「私のお母さんかすみ草が好きなんだあ。
 だからかな、かすみって響きすごく好きなの。」

「……女っぽいとか思わないの?」

「えっと、冬野くんにぴったりな名前だと思うけど。」

綺麗で儚くて。
ほんとう、冬野くんにぴったり。

「かすみ草の花言葉って、清らかな心って言う意味があるの。
 真っ直ぐで、真っ白な冬野くんにぴったりだと思うな。」

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