スパークリング・ハニー
今も昔も、瑞沢は、俺が失いかけた大切なものを取り戻してくれる。
「好き」
サッカーが好き。
するのも、観るのも、ずっと大好きだった。
小学3年生のとき、何気なく始めたスポーツは、瞬く間に俺の中の一番になった。気がつけば、かけがえのないものになっていた。
自分という人間を語る上で、避けては通れないもの。
────あんなに好きだったのにどうして忘れていたんだろう。
『辞められないよ。篠宮くんはぜったいに、ぜーったいに、サッカーを辞めたりなんかできないっ!』
『だって、篠宮くんはサッカーが大好きだから』
好きだからこそ、袋小路に入ってしまっていたんだと思う。
好きだから、上達したかった。上手くならないことが苦しかった。
伸び悩むうちに、好きに苦しいが覆い被さって、だんだん見えなくなった。
サッカーを続ける理由なんて俺にはないんじゃないか────そんな風に考えて、あの事故にかこつけてサッカーに向き合うことを辞めた。
瑞沢に出逢ったことをきっかけに────彼女の言葉に背中を押されて、またサッカーを始めた。楽しい、と純粋に思った。
だけど、苦しさは心に巣食ったままだった。
瑛斗さんに怪我を負わせてしまったこと、それからやっぱり、サッカーをする意味がよくわからなくて、見失ったままずっと本気で向き合えずにいた。
大事なことを忘れていた。全部違った。
ほんとうは、続ける理由なんて、そんなの「サッカーが好きだから」だけでよかったんだ。
好きだった、嫌いになったことなんて一度もない。
瑞沢の言葉に背中を押されてあっさりサッカー部に戻ることにしたのは、たしかに瑞沢がきっかけではあったものの、俺がそうしたいと思っていたからだ。
サッカーがしたかった。
もっと言えば、あの日、サッカーボールを手に外に出たのも。苦しいと思いながらも結局今の今までずるずると続けてきたのも、全部。
『辞めたりなんかできない』────瑞沢の言う通りだよ。
簡単なことだったんだ。伸び悩んでいることとか、罪悪感とか、一旦全部抜きにして、好きだ、ってずっと言ってみたかった。
幼い頃から何ひとつ変わらないその感情を、やっとのことで思い出した瞬間、瑞沢の前でぼろぼろと涙を流してしまったことを思い出して眉を寄せる。
……なんつうダセーことを。
だけど、もう、忘れないと思う。
絶対、忘れない。
「……」
ベッドの上で仰向けになりながら、何の気なしに口の中に放り込む。
ハチミツのキャンディ。
舌先に優しい甘さがじわりと広がっていく。
あのとき瑞沢がくれたハチミツのキャンディは、以来、俺にとってはお守りのようなもので、ずっと持ち歩いている。
恥ずかしいから、瑞沢にはあんまりばれたくないなと思う。
ようやく目が覚めて、ちゃんとサッカーと向き合える気がした。
好きだったあの気持ちを思い出したからって、負い目がなくなったからって、明日からすぐに上達できるってわけじゃない。
それはもちろん、逃げていた頃のブランクがあるから。
ボールを奪う恐怖心だって完全になくなったわけじゃない。