転生王女のまったりのんびり!?異世界レシピ
 その証拠に、物心ついた頃から、ヴィオラは幾度となく不自然な『事故』に見舞われてきた。

 階段で足を滑らせて転落したり、たまたまよりかかったテラスの手すりが腐っていて崩れ落ちたり。水遊びの時に『水草』に足を取られて浮上できなくなったこともあったし、食用のキノコとよく似た毒キノコが食事に紛れ込んでいたこともあった。

 いずれもギリギリのところで『事故』を回避することができて、先日十二歳の誕生日を迎えたところではあるけれど……。

(『ヴィオラ』は死にたくないと思っていた。『私』だって、そんなのは嫌だ)

 気がついた時には、謁見の間の扉の前に着いていた。ニイファはここから先、立ち入ることは許されない。

(お世話になりましたっていうより、はじめましてって気分よね……)

 なにせ、今朝がた咲綾としての記憶が戻ったところだ。

 ヴィオラとしての記憶と今の自分がまだ馴染んでいないところがあって、父との今生の別れになるかもしれないと言われても、胸の痛みなんてほとんどない。

 扉が開かれ、ヴィオラはゆっくりと前に進む。

 手紙を一通書き終えたらすぐに出立すると事前に連絡するよう頼んであったから、ヴィオラが王と会うにもかかわらず、正装ではなくて旅装であっても、誰も文句を言わなかった。

 いや、喜んでいたのだろう――厄介者が、この城からいなくなる。

「お父様――そして、王妃様。ヴィオラ・アドルナート、出立前の挨拶に参りました」

 謁見の間の奥は数段高くなっていて、立派な椅子がふたつ並んでいる。そこに腰かけているのは、ヴィオラの父であるイローウェン国王とその妃であるザーラだった。

 二人とも、ヴィオラが出立するというのにさしたる感慨も見せない。

(ザーラはともかく、お父様はもう少し何かあってもいいんじゃないかしら。私も娘なんだけど……)

 冷ややかな父の様子を見ていたら、娘としての愛情なんてどこかに消え失せてしまいそうだ。記憶が戻ったばかりのヴィオラにとっては赤の他人同然だから、そう思うのかもしれなかった。
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