氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
長期滞在を決め込んだ晴明は、朧と如月の体調にも気を遣っていた。

鬼族は身体が頑丈なため、ほとんど体調に気を遣うことなどなく、妊娠するために身体を厭うこともほとんどない。

晴明はその考え方を正すところから始めていて、妊娠を望んでいる朧と如月は熱心にその講座を受けていた。

朔もそれを小耳に聞きつつ、如月と泉、朧と氷雨――双方に子が出来たことを想像してにやけていた。


「おい主さま、ちょっと寝て来いよ。幽玄町と同じ習慣を欠かすなよ」


「お前は相変わらず小うるさいな。…ああそうだ、ちょっと風呂に付き合え」


「風呂!?俺を殺す気!?」


熱湯に浸かることが厳禁なのは知っているのに、こいつ…と朔を睨んだ氷雨だったが、それを無視した朔はすくっと立ち上がって顎を引いた。


「ぬるま湯なら入れると朧から聞いている。ついて来い」


…朔と風呂に入るなんて、朔が小さかった頃以来だ。

普段朔から不当な要求…我が儘を言われっぱなしの氷雨は、何か裏があるのではと勘繰ったものの、嫌だと断って聞く子でもない。

仕方なく腰を上げて風呂場へ行くと、朔はさっさと着物を脱いで先に湯に浸かっていた。

なんとなく緊張した氷雨だったが、男同士だし別に恥ずかしがるものでもないかと同じように湯を被り、朔を横目にみつつ湯に浸かった。


「…」


「……」


「……朧が…」


「え?朧がなんだよ」


朔がぽつりと漏らすと、氷雨は朔ににじり寄って食い入るように見つめた。

にやりと笑った朔の表情に氷雨の表情が強張ったが、朔は腕を広げて天井を見上げながらにっこり。


「朧が楽しそうで良かった。お祖父様が協力して下さっているし、お前たちの子を腕に抱く日も近いな」


「ああ…うん、そうだな。あーびっくりした、なんか小言でも言われるのかと思った。でもなんで風呂?」


――長兄のため氷雨にしか甘えたり本音を言える相手が居ないからと素直に言えない朔は、水鉄砲で氷雨の顔目掛けて水を飛ばしつつ、唇を尖らせた。


「俺と風呂に入るのは嫌か?」


「いや、そうじゃなくて。疲れてる時は熱い湯に首までしっかり浸かって…」


「何度も言うようだが、お前は俺の妻か?」


「心配してるんだっつーの」


男ふたり、風呂に入りつつ水鉄砲攻撃。

朔の無邪気な笑い声に氷雨の頬も緩み、ふたりの戦いは長い間続いた。
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