氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
杏の赤子を世話するうちに、世話をしてくれる者と赤子が認識したらしく、顔をじいっと見てくるようになった。

そうなるといっそう愛情が沸いて、深入りしそうになるのを恐れた朧は、それを素直に氷雨に相談した。


「それは…いい練習台にもなるかなって思ったけど、感情移入しすぎなのであれば杏に申し訳ないし、そろそろやめとくか」


「でもでも…私…」


「朧、止め時なんだ。杏も身体休めることができただろうし、そろそろ返そう」


しゅんとうなだれた朧をふわりと抱きしめてやった氷雨は、そんな現場を通りすがりの朔に見られてすうっと目を細められて大焦り。


「いや、俺が泣かしたんじゃないぞ!言い訳させてくれ!」


自ら言い訳をしはじめた氷雨の傍に座った朔は、事の経緯を口を挟まず聞いて驚くこともなく小さく頷いた。


「そうなるだろうなとは思っていた。だけど朧、お前たちにもいずれ…いずれじゃなくてすぐ子ができるだろうし、いい経験をしたと思って杏に礼を言いに行こう」


「はい…」


――朔や氷雨から慰められてようやく顔を上げた朧だったが…

腕の中の赤子はやはり可愛らしく、その温かさはとても離れ難く、何度も躊躇いながらおくるみでしっかり身体を包み込んで氷雨に渡した。


「朧、気分転換に外に行こう。何か買ってあげる」


「本当ですか?行きますっ」


朔の手を煩わせないように――それは弟妹たち一丸の願いであり、これ以上ごねるわけにはいかない。

まずは杏に赤子を返して礼を言い、そして点在する集落に遊びに行くことになったのだが――

これが悲劇を生むことになろうとは、まだ知る由もなかった。
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