氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
氷雨は氷属性のため、熱や炎にとても弱い。

火の手はもう上がっていなかったが、それを案じた朔はすぐ氷雨を追って黒煙の中を進んだ。


「あ!居ました!」


あちこちに屍のようなものが転がっている中、氷雨が佇んでいるのが見えた。

降り立った朔はすぐさま氷雨に駆け寄ろうとして――足を止めた。


「わ!朔兄様?」


兄の背中を追ってついて来ていた朧は、突然朔が止まったため背中に顔をぶつけて鼻を押さえながら前方を覗き込んだ。

そこには…

氷雨の腕の中で大きな泣き声を上げている赤子が居て、朧は思わず叫んだ。


「赤ちゃん!?」


「…主さま」


氷雨の表情は暗く、朔の表情もまた固く、氷雨に駆け寄った朧は、間近で赤子を見て――頬を緩ませた。


「可愛い…可愛い角ですね」


赤子の額の中央には小さな角が生えていたため、この赤子が鬼族であることは分かったが…妙な気配であることは確かだ。

朔も氷雨もどうやらそれを危惧しているらしく、朧はふたりの顔を交互に見ながら問うた。


「この子の親はどうしたんでしょうか?それに…ここは人の集落ですよね?」


そこらに転がっているのは全て人のもので、火がついたように泣いている赤子は妖だ。

氷雨は眉間に皺を寄せて、小さな声で呟いた。


「…半妖だ」


「え?」


「この赤子は…人と妖の間に産まれた半妖だ」


まだ知識の浅い朧には、赤子を見ただけで半妖だと判断できなかった。

だが朔と氷雨はすぐ分かったようで、自分と同じ半妖だと知ってさらに同情を覚えた朧は両腕を差し出して赤子を抱きたいと訴えた。


「主さま…どうする?」


「…半妖は人と妖の両方から迫害される。このまま放置してはすぐ死ぬだろう」


「朔兄様!連れて帰りましょう!私が…私がお世話しますから!」


――朔たちの母である息吹は捨て子であり、銀の妻である若葉もまた捨て子だったが、ふたりとも、元は人だ。

こうしてまた幼子を拾ってしまうのは運命なのかと小さく吐息をついた朔は、赤子を朧に渡すよう氷雨に目で合図して頷いた。


「仕方ない。とりあえず連れて帰ろう」


「坊…や……」


背後からか細い女の声が聞こえた。

赤子を呼ぶ、悲痛の声が。
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