氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
足元に倒れていた女の手がぴくりと動いた。
よく見てみると他の屍とは違い、女はどこか怪我をしているわけでもなかったが――それでも息は絶え絶えで、駆け寄った氷雨は女を抱き起して顔を覗き込んだ。
「お前があの子の母親か?」
「坊やは…悪く…ありません…どうか……殺さないで…!」
「…?殺したりしない。一体誰にやられた?」
血の気を失っていたが…まだ若くしとやかで優しげな女だった。
身なりもそれなりに小ぎれいにしていて、目に涙を浮かべた女は‟坊やは悪くない”と繰り返して――息絶えた。
「死んだ。他におかしな気配はないけど、ここを離れよう」
「待って下さい、埋葬してあげないと…」
「いや、小さな集落だが食い散らかされてる。また戻って来るかもしれないから、赤子の避難を優先させよう」
氷雨の提案に朔が頷くと、それ以上言い募ることができなくなった朧は、腕の中の赤子がようやく泣き止んでじっと見つめてきていることに気付いて小さな角を撫でた。
「もう大丈夫だよ。お母様は残念だったけど、安全な場所に連れて行ってあげるからね」
猫又に乗って上空へ行くと、赤子がまた泣き始めた。
しきりに小さな手を伸ばして倒れ伏した母親を恋しがるようにして泣き続ける赤子の泣き声が胸に切なく響き、潰れないように抱きしめて何度も優しく問いかけた。
「大丈夫…大丈夫だよ。誰もあなたを傷つけたりしないから」
「雪男、後でまたあそこに戻る。元凶がまだ付近に居るはずだし、舞い戻ってくるかもしれない」
「了解。朧は残ってるんだぞ」
「はい」
はなから離れるつもりはない。
半妖の赤子を拾い、幼くして母を亡くした行く末を案じ、密かに涙を落とした。
よく見てみると他の屍とは違い、女はどこか怪我をしているわけでもなかったが――それでも息は絶え絶えで、駆け寄った氷雨は女を抱き起して顔を覗き込んだ。
「お前があの子の母親か?」
「坊やは…悪く…ありません…どうか……殺さないで…!」
「…?殺したりしない。一体誰にやられた?」
血の気を失っていたが…まだ若くしとやかで優しげな女だった。
身なりもそれなりに小ぎれいにしていて、目に涙を浮かべた女は‟坊やは悪くない”と繰り返して――息絶えた。
「死んだ。他におかしな気配はないけど、ここを離れよう」
「待って下さい、埋葬してあげないと…」
「いや、小さな集落だが食い散らかされてる。また戻って来るかもしれないから、赤子の避難を優先させよう」
氷雨の提案に朔が頷くと、それ以上言い募ることができなくなった朧は、腕の中の赤子がようやく泣き止んでじっと見つめてきていることに気付いて小さな角を撫でた。
「もう大丈夫だよ。お母様は残念だったけど、安全な場所に連れて行ってあげるからね」
猫又に乗って上空へ行くと、赤子がまた泣き始めた。
しきりに小さな手を伸ばして倒れ伏した母親を恋しがるようにして泣き続ける赤子の泣き声が胸に切なく響き、潰れないように抱きしめて何度も優しく問いかけた。
「大丈夫…大丈夫だよ。誰もあなたを傷つけたりしないから」
「雪男、後でまたあそこに戻る。元凶がまだ付近に居るはずだし、舞い戻ってくるかもしれない」
「了解。朧は残ってるんだぞ」
「はい」
はなから離れるつもりはない。
半妖の赤子を拾い、幼くして母を亡くした行く末を案じ、密かに涙を落とした。