氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
朔と氷雨の表情は相変わらず冴えなかった。

朧ひとりだけが騒いでいて、泉邸に着いて赤子を見た如月もまた、険しい表情になった。

ただ…泉だけは朧の気持ちに寄り添い、指を吸っている赤子の頬を撫でた。


「この子だけでも生き残っていて良かったね」


「はい!朔兄様、私がお世話しても……朔兄様…?」


氷雨がちらりと目配せをすると、朔は額を押さえて朧を諫めるように優しい声で事実を述べた。


「朧…俺たちは半妖だけど、とても恵まれていることは分かるな?」


「え…はい」


「それは父様と母様が思い合い、夫婦になろうと共に誓ったからだ。どんな困難があっても、産まれて来る子…つまり俺たちを守ろうと誓ったから」


――妖と人は本来結ばれることはない。

考え方が天と地ほど違い、妖は人を見下し、思いを寄せることなどない。

だから、考えられるのは――


「…恐らくこの子は、望んで産まれて来た子じゃない」


「え…」


「妖の男に凌辱されて産まれたんだと思う。もし万が一夫婦だったらと俺も考えたけど、周辺に倒れていた屍を鑑みると、妖が襲ったんだろう」


「そんな…」


妖と人が相容れない存在だと言うのは古より覆ったことはなく、鬼頭家は妖と人の衝突を最大限避けるべく、百鬼夜行を行う。

だからこそ、当主の朔の表情は晴れず、美しい目を伏せて肩で息をついた。


「だけどこの子に罪はない。出かけているお祖父様が戻って来たら診てもらおう。処遇は雪男と相談して決めるから、それまでは朧、世話をしてほしい」


「はい、それはもちろん…」


萎んだ声で赤子を抱きしめた朧の背中を撫でた氷雨は、努めて明るい声を出して赤子の角を撫でた。


「腹が減ってるだろうから、杏から乳を分けてもらおう。な?」


「はい…」


落ち込んだ朧の頭を兄姉たちが代わる代わる撫でた。

半妖はどちらの世界でも生きにくい。

自分たちは恵まれている――それを実感しつつ、晴明の帰りを待つ間、朔と如月の議論は白熱を極めた。
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