氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
末娘の朧は、赤子の世話をしたことがなかった。

その点氷雨は十六夜夫婦の子らを全て育て上げた功績があり、氷雨に教えを請うた。


「襁褓の替え方はこうして、こうで…」


「なるほど、そうするんですね」


「懐かしいなー、お前が小さかった頃こうして襁褓を替えてさあ…」


「そ、そんな前の話はやめて下さい!」


杏に分けてもらった乳を全て飲んだ赤子はぐっすり寝ていた。

その隙に襁褓の替え方を教えた氷雨は、肩で息をついて朧の細い指を握った。


「なあ、あんまり入れ込みすぎるなよ?こっちとしてはこいつの父ちゃんがしゃしゃり出てくる可能性もあるから警戒しないといけない。如月たちを厄介ごとに巻き込むわけにはいかないんだ」


「じゃあ…幽玄町に戻るんですか?」


「晴明が言ったように先代たちにも相談しないと。それと…新婚旅行はもう切り上げた方がいいな」


「…えっ!?」


思わず大きな声を上げた朧だったが――少しも目を離せない赤子の世話は想像以上に大変だ。

夜泣きはするし、乳もこまめに与えなくてはいけない。

こちらは睡眠不足になるし、とても新婚旅行を楽しむ余裕など全くなくなったことになる。


「そこ考えなかったのか?もうゆっくりどこにも行けなくなるんだし、その覚悟があってこいつの世話を買って出たんだと思ってたけど」


「それは…でも…」


「まあ俺はお前がそうしたいんならそれでいいから。ちょっと主さまんとこ行って来る」


「あ、氷雨さん…」


氷雨は振り返らず行ってしまった。

怒らせる…まではいってないかもしれないが、呆れているのは間違いない。


「でも…あなたをあの場に置いて行くなんて私にはできなかったんだもん…」


同じ半妖だからこんなに入れ込んでいるのだろうか?

子が欲しいから、こんなにも入れ込んでしまうのだろうか?


「私がお母様の代わりになってあげるからね」


氷雨が戻って来たらすぐ謝ろうと決めながら、赤子を見つめ続けた。
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