氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
出かけることを伝えるため朧の元へ戻ったが――朧は赤子と共に横になって眠っていた。

傍には如月が居て唇に人差し指をあてて声を立てないよう合図してくると、氷雨もまた外を指して出かけることを伝えた。

晴明も空を駆けることができるが優美を貴ぶため朧車に乗り込み、朔が先頭を行き、氷雨も後れを取らないように朔の隣に陣取った。


「赤子の母親はあの小さな集落にしては身ぎれいにしていて垢抜けてたよな」


「母親以外は貧しい身なりをしていた。支援していた者が居たのかもしれない」


「赤子の父親とか?」


「妖は本来人など目にも留めない。食う系の妖なら母親も赤子も食われていたはずだが…何かが気にかかる」


晴明も朔も何かが引っかかっているようだった。

氷雨はふたりの第六感を信じているため、朔をあまり前に出さぬよう言い聞かせながら集落へと着いた。

先日と同じく骸は動かされた様子はなく、彼らを食った妖が舞い戻って来た様子はなかった。


「ここか。ふむ…臓物を齧っているようだが、人を食う妖であれば骨まで残さず食う者、生き血を啜る者、このように美味い部分だけ齧る者が居る。どちらにせよ、鬼だろうね」


朔も半妖だが、半分は人、半分は鬼の血が流れている。

だが人を食おうと思ったことはなく、同じ鬼族の仕業だと確定されて不快そうに鼻の頭に皺をよせた。


「あの赤子を取り戻しに来るでしょうか?」


「父としての自覚があるならば取り戻しに来るだろう。けれど大半の者は興味を抱かぬ。あの赤子、少々気になるのだよ。だから朔たちの傍には正直置いておきたくないのだが…」


――氷雨も晴明も、鬼頭の者に対して並々ならぬ庇護欲がある。

養女として迎えた息吹の養父である晴明は孫たちを危険な目に遭わせたくはなく、朧を娶った氷雨もまた朔の百鬼としての立場もあり、危険分子は取り除いておきたい。


「主さま…俺…余計なもん抱え込んじまったかな」


「じゃあお前は朧が引き取りたいと言った時断れたか?俺は無理だ」


兄馬鹿を発揮させた朔に苦笑した氷雨は、腕まくりをして人差し指をちょいちょい動かして晴明を呼び寄せた。


「揃いも揃って朧に弱いんだよなあ。晴明、式神出してくれ。早く弔ってやろう」


危機感だけは、募っていった。
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