氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
「貴様あの赤子に真名を付けるつもりのようだが、父気取りをするのはやめた方がいいぞ」


「なんで?朧とふたりで考えようって決めてんだけど」


「万が一あの赤子に人食いの気でもあったならば、朔兄様が殺さなければならない。貴様は朔兄様よりもあの赤子が大切だと言うのか?」


突然如月がひとり部屋に居た時やって来て放った言葉にはっとした。

朔には――いや、鬼頭家の当主には代々その使命があり、人に仇為す妖は躊躇なく制裁してきた。

あの赤子が人を食わなければ生きていけないようならば、朔は小さな赤子を手にかけなければならなくなる。


「主さま…そんなこと一言も…」


「私には少し零していた。お前たち夫婦がふたりして赤子を甲斐甲斐しく世話しているから言い出せないんだろう。いいか、あの赤子が人であるならば…或いは真正の妖であるならば話は早かった。だがあれは半妖であり、お祖父様の見立てでは恐らく人食いの気がある。そうなると朔兄様が…」


朔の心を傷つけてしまうかもしれない。

今まで父となり兄のようにして傍で育て上げてきた朔が実は繊細な性格であることを何よりも熟知しているのは自分なのに。


「俺…」


「真名はやめた方がいい。それだけは忠告しておく」


十六夜にそっくりの切れ長の目に鋭い光を宿した如月から助言を受けて、途方に暮れた。

真名を付けてやったとしても終生傍に居てやれないことは最初から分かっていたのに。

そして朔が自分たち夫婦を慮って本音を言えないでいる現状を激しく悔いた。


「主さま…」


すぐさま会って謝らなければ。

その手を汚すわけにはいかないと、伝えなければ。
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