氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
朔の部屋に行くと、朔は百鬼夜行に出るまでの束の間の休息を摂るため寝転んでいた。

顔には読みかけの本が被せてあり、幽玄町の屋敷では朔がよく縁側でやっているやつだった。


朧は朔にそっと近づくと、小さな頃からいつもしてきたように、朔の身体に乗っかって馬乗りになった。

これで一度も怒られたことがなく、朔のわき腹をくすぐると笑い声が漏れた。


「何、どうしたの?」


「氷雨さんから真名のこととか聞かされて…それで朔兄様とお話しに来ました」


「そっか。不満があるなら言っていいよ。あるでしょ?」


「不満っていうか…私は家族が一番大切です。朔兄様を悩ませるつもりなんてこれっぽっちもなかったんです。でも私…赤ちゃんに夢中になっちゃって…」


朔が本を外すと、朧は肉親という関係抜きにしてもとてつもなくきれいだと思う朔の少し切れ長の目に中に煌めく光に見入られながら、謝った。


「ごめんなさい、真名を付けるのはやめます。でもあの子が大きくなるまでは…」


「ん、それはいいけど…でも雪男との間に子が産まれたら、同じように愛情を傾けてあげられると思う?」


――そう問われると、正直言って分からなかった。

氷雨との子を愛するのは当然のことだが、あの赤子に同じように…と言われると即答することができず、静かに朧を見つめていた朔は、身体からそろりと下りてうなだれた朧を隣に寝かせて腕枕をしてやった。


「乳離れしたらお前から離す。半妖というのは半分が人ということ。もしあの赤子に噛みつかれるようなことがあったらすぐ雪男か俺に言うんだよ。分かった?」


「はい…」


迷惑をかけている――

だが朔の苦悩に比べれば、まだ見ぬ我が子とあの赤子を天秤にかけて答えられない自分の方が遥かに苦悩してはいない。


「朔兄様…大好き」


兄姉たち一丸となって願った誓いを守るため、朔に抱き着いて己を押し殺した。
< 123 / 281 >

この作品をシェア

pagetop