氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
揺り籠に寝かしつけて揺らしてやっていると、晴明が顔を出しに来た。

泣き続ける赤子をちらりと見た晴明は、揺り籠の前に座って人差し指と中指を揃えて赤子に向けた。


「晴明?」


「疳の虫が居るようだ。このままでは夜泣きを続けて朧を困らせるだろう。虫封じをしてやろう」


癇癪を起こしたり夜泣きを続ける赤子には疳の虫が居るとされ、朔たち兄弟はほとんど夜泣きがなかったため、さすがの氷雨もどうしたものかと思案していたところに天の助けが来た。

晴明は様々な術に長けているため、虫封じをすることなど容易いことで、術を唱えると、赤子は次第に泣くのをやめて晴明をじいっと見ていた。


「おお、助かるぜ晴明」


「細かに術をかけ直さねばならぬが大したことはない。ところで朧はどこかな?」


「主さまのとこに行ってる。晴明、真名を付けるのはやめることにしたんだ。主さまの負担になりたくない」


晴明はそれを聞いてひとつ大きく頷いた。

袖を払い、氷雨の方を向いて座り直すと、声を潜めた。


「これの父はまだ現れぬが、おびき出すならば幽玄町に戻った方がいい。あそこは鬼頭の本拠地故、結界も強く外敵が侵入すればすぐに分かる。今夜にでも如月に伝えなさい」


「泉の治療はどうする?もう終えるのか?」


晴明はもう随分顔色が良くなった泉の状況を伝えて氷雨を安心させた。


「そっか、如月たちには迷惑かけらんねえからそろそろ戻った方がいいな。伝えとくよ」


「頼んだよ」


幽玄町ならば万が一何が起こったとしても対処できる。

できるならば――この赤子は人食いではなく朔たちのように全うに育ってほしい。


「そう願うのは自然なことだろ?」


赤子の頬を優しく突いて問いかけた。
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