氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

許されざる存在

朔たちが幽玄町の屋敷に着くと、まず居間の上座で煙管を噛んでいた十六夜に挨拶に行った。

相変わらずの無表情で、隣に座っている息吹がにこにこしていてかなり対照的だったが、それもいつものこと。

ただ――朔の話を聞きながら、朧の腕に抱かれている赤子を冷めた目で見つめていた。


「…それがもたらす災いに対処できるのか?」


「災いになるかどうかまだ分かりませんが、拾ってしまったものはもう仕方ないので」


悪びれた様子もなくにこっと笑った朔に小さなため息をついた十六夜は、優雅に扇子を扇いでいた晴明をぎろりと睨んだ。


「晴明、お前の見解を聞きたい」


「おや、おかしなことを訊くねえ、文に記した通りだとも。ひとまずは様子見というところだが、これの父が現れなければそれで良し、これが人食いであるならば…」


朧が居るため声を大にして‟処分する”と言えなかった晴明がにっこりしながら言葉を濁すと、長い付き合いから十六夜はそれで理解して手をしっしと振った。


「もういい、行け」


「待って、赤ちゃん私にも抱っこさせて」


…案の定息吹が赤子に手を伸ばそうとした。

だがそれを断固として許すつもりのない十六夜は、息吹の手を掴んで止めた。


「触れるな。お前はすぐ情を移す」


「じゃあ見るだけ。見るだけだからっ」


朧に駆け寄った息吹は、指を吸っている赤子を見て目を輝かせた。


「わあ、可愛い。角は一本なんだね」


「はい、もう歯も生えて…」


――まるで我が子のように話す朧に十六夜は複雑な思いになりながらも、それまで黙っていた氷雨に殺気を飛ばした。


「…お前が居ながらどういうことだ」


「いやあ、ごめん!」


爽やかに謝られてさらに文句を言ってやろうと口を開きかけたものの――氷雨の背後に控えていた如月と目が合い、怒りが萎んだ。


勘当した娘が戻って来た――

それは十六夜にとって、とても喜ばしいことだったから。
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