氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
息吹がこの屋敷にやって来るまで、‟食べる”という習慣は全くなかった。
酒を飲むことはあれど食べ物を口にすることはほとんどなく、また毎日三食きちんと食べているうちに腹が減ったような気がするのは不思議だなあと思いつつ、氷雨は、台所に顔を出しに行った。
「あっ、おいなりさんがある」
本当は銀や焔ら白狐用に作っておいた大量のおいなりを突いて冷めているのを確認してひとつつまみ食いした氷雨は、それをもぐもぐ頬張りながらひとり分を盆に乗せて冷めるのをじっと待っている朧の隣に立った。
「それ、俺の?」
「そうですよ。熱いのなんか食べたら氷雨さんが解けちゃう」
「面倒だろ、ありがとな」
「ううん、一緒にご飯食べたいし、うちではいつものことですから」
――息吹もまたこうして自分用の料理を冷ましてくれていたなとはにかみ、背中から朧の腰を抱いてぎゅっと抱きしめた。
「な…なんですか?」
「最近こうして触れ合ってないだろ?俺ら新婚じゃん。あいつ来てからほんとふたりきりになってないよな?だからさ…」
少しだけ肩越しに振り返った朧の顎を取って上向かせた氷雨は、真っ黒な瞳を潤ませた朧と見つめ合い、唇が触れ合うぎりぎりのところでひそりと囁いた。
「今夜はふたりで居よう。あいつは息吹たちに任せとけばいいから」
「は、はい…」
あの赤子も大切だけれど、氷雨との時は一番大切で、温かい気持ちになれる。
確かに自分たちは夫婦なのだし、自分たちの子が欲しいと願っている朧は、身体に回っている氷雨の手に手を添えて微笑んだ。
「ふふ、楽しみ」
「俺も」
大切な時を大切な男を過ごす――
それがとても楽しみで嬉しくて、その後ずっと笑みが止まらなかった。
酒を飲むことはあれど食べ物を口にすることはほとんどなく、また毎日三食きちんと食べているうちに腹が減ったような気がするのは不思議だなあと思いつつ、氷雨は、台所に顔を出しに行った。
「あっ、おいなりさんがある」
本当は銀や焔ら白狐用に作っておいた大量のおいなりを突いて冷めているのを確認してひとつつまみ食いした氷雨は、それをもぐもぐ頬張りながらひとり分を盆に乗せて冷めるのをじっと待っている朧の隣に立った。
「それ、俺の?」
「そうですよ。熱いのなんか食べたら氷雨さんが解けちゃう」
「面倒だろ、ありがとな」
「ううん、一緒にご飯食べたいし、うちではいつものことですから」
――息吹もまたこうして自分用の料理を冷ましてくれていたなとはにかみ、背中から朧の腰を抱いてぎゅっと抱きしめた。
「な…なんですか?」
「最近こうして触れ合ってないだろ?俺ら新婚じゃん。あいつ来てからほんとふたりきりになってないよな?だからさ…」
少しだけ肩越しに振り返った朧の顎を取って上向かせた氷雨は、真っ黒な瞳を潤ませた朧と見つめ合い、唇が触れ合うぎりぎりのところでひそりと囁いた。
「今夜はふたりで居よう。あいつは息吹たちに任せとけばいいから」
「は、はい…」
あの赤子も大切だけれど、氷雨との時は一番大切で、温かい気持ちになれる。
確かに自分たちは夫婦なのだし、自分たちの子が欲しいと願っている朧は、身体に回っている氷雨の手に手を添えて微笑んだ。
「ふふ、楽しみ」
「俺も」
大切な時を大切な男を過ごす――
それがとても楽しみで嬉しくて、その後ずっと笑みが止まらなかった。