氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
氷雨は息吹に赤子のお守りを頼んだものの、それを強固に拒んだのは十六夜だった。

息吹は喜んでくれたが、こんなにも断固として許さないという姿勢を見せる十六夜も珍しく、折れる様子もなかったため仕方なく泉夫婦を頼った。


「いいよ。晴明さんが虫封じをしてくれてから大人しいし」


「ん、ごめんな」


「雪男くんは新婚だものね。なんか如ちゃんがうっかり主さまにお願いしたことでこんな大ごとになっちゃって申し訳ない」


「いやいや、如月は如月で自分の手に負えないと思ったんだろうから主さまに話したと思うし。とりあえず頼んだ」


爽やかな笑顔で手を振って別れた氷雨は、朔が百鬼夜行に出る前に必ず皆で夕餉を食べるため、居間に行って所狭しと食卓に並べられている料理の数々に目を丸くした。


「おお、こりゃすげえ」


「天満兄様に教えて頂いたあちらの郷土料理とか、如月姉様の暮らしてらっしゃる能登で食べられているお料理とか色々作ってみました」


食卓にはすでに十六夜夫婦が居たものの――息吹の頬が盛大に膨れていて、これはお守りを頼む相手を間違えたと反省。


「息吹、そんな顔しても隣の鬼は許しちゃくれねえよ。如月たちに頼んだから見に行ったらいいじゃん」


赤子は縁側に置かれた揺り籠の中でぐっすり眠っていた。

随分大人しくなって手がかからなくなったものの――十六夜の警戒さが尋常ではなく、近寄ることも許されていなかった。


「赤ちゃんを警戒してどうするの。なんにもするわけないのに」


「…駄目なものは駄目だ。これだけは聞き入れろ」


「はあい」


明らかに納得のいっていない返事だったが十六夜はそれを無視してすでに料理を食べ始めている朔に話しかけた。


「お前もあまり関わるな」


「はい」


こちらの返事は明快だったものの食い気味の返事であまり響いた様子はなく、十六夜、ため息。


「お前たちは全く…」


騒がしい夕餉の時にひとり水を差すわけにもいかず、時々息吹に睨まれながら肩身の狭い思いをしつつも自分は間違っていないと信じていた。
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