氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
好いた男には一番きれいな姿を見てもらいたい――

元々派手めの顔な朧は、ばっちり化粧をするとかなりけばくなってしまう。

なのでいつも薄化粧で済ませているのだが…その夜は、濃いめの紅を引いて化粧台の前に座っていた。


「お、もう戻って来てたのか」


「氷雨さん…」


「主さまが建ててくれてる家ちょっと見に行ってきたけど、だいぶ完成に近かったぜ。でもやっぱり広すぎだな」


朔を百鬼夜行に送り出し、十六夜夫婦たちと少し歓談した後夫婦の部屋に戻って来た氷雨は、正座して見上げてきた朧の艶やかさにどきりとしつつ、敷かれた床をちらりと見た。


「なんか静かだなって感じるのは俺だけ?」


「赤ちゃんを拾ってから騒々しかったですからね」


――床の上にすとんと座った氷雨は、緊張しているのかなかなか近付いて来ない朧に四つん這いになりながら近寄って浴衣の帯をくいっと引いた。


「!な、なんですか?」


「なんですか…じゃねえよ。さっき話しただろ、今夜はふたりきりで過ごそうって」


「そ…そうでしたね…はい」


…まるで新婚初夜。

いつまで経っても初々しさが抜けず、少し震えている朧を抱き寄せて膝に乗せた氷雨は、真っ赤な紅を引いた唇にちょんと指で触れた。


「そんなに緊張されると俺も緊張するんだけど」


「だって…なんか久々な気がして…」


「そうだよな、俺がさ、こうしてお前に触れようとするとあいつすぐ泣きやがって…」


胸元から手を入れて背中に回した手で背骨をなぞると、両手で口を覆って声を漏らさないように耐えていた。


「そんなに我慢されると張り切っちゃうぜ」


「氷雨さん…好き…」


好き、と何度も囁く朧を優しく押し倒して帯に手をかけた。


「悪いけど優しくはできないから、覚悟しろ」
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