氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
幽玄町の本拠地となる屋敷に連れ帰ったものの――赤子は歓迎されていなかった。

そうだろうなとは思っていたけれど、同じ半妖という立場の朧は、献身的に赤子の世話を続けていた。


「なあ朧、通り名のことなんだけど」


縁側に寝転んで月を見上げていた氷雨に声をかけられた朧は、揺り籠の中でうにうに動いている赤子の指を握ってやりながら小首を傾げた。


「はい?」


「望(のぞむ)…ってどうかな」


「望…ですか?意味とかあるんですか?」


よっと掛け声を上げながら起き上がった氷雨は、月を指してにかっと笑った。


「月に因んだ名らしくて、満月って意味らしいんだ。こいつは鬼頭の血筋じゃないけど…」


「いいと思います!可愛い!」


朧が喜んで賛成すると、氷雨は朧の手を引いて立ち上がらせて普段家族が揃う居間を指した。


「先代に話に行こうぜ」


「でも…父様は反対するかも」


「お前が我が儘言えば一発だって」


…実際問題、十六夜は末娘に滅法弱い。

弱みを熟知している氷雨の戦法は見事あたり、氷雨たちが通り名のことを十六夜に話すと、とてつもなく不機嫌な表情にはなったものの、うるうる目を潤ませている朧に強い態度で拒むことができず、深い深いため息をついた。


「……最終的に決めるのは現当主の朔だ。朔に話せ」


「父様!大好き!」


「…真名ではなく通り名であれば別にいい」


抱き着いてきた朧の頭を撫でつつ縁側でにやにやしている氷雨を射殺しそうな目で睨んだ十六夜は、夜明けが近付いてきて戻って来た朔にもう一度経緯を話すよう朧を促した。

そして朔の開口一番の言葉は――


「いいと思います」


「…」


やっぱりな、と内心思いながら、息吹によく似たにこにこ笑顔の娘と息子にまた深い深いため息をついた。
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