氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
「朧、お前大丈夫か?」


最近抱き癖がついて朧の腕に抱かれてご満悦の望をちらりと一瞥した後隣に腰かけた氷雨は――

朧がぼうっとしながらまるで知らない者を見るかのような目で見つめられて、背筋がぞわりとした。


「朧…?」


「あ…お師匠様…なんか頭がぼうっとしちゃって…」


頭をふるふる振って眠気を覚ますかのような仕草をした朧から望を取り上げた氷雨は、すぐ泣き始めたもののそれを無視して朧の頬を両手で包み込んで疲れの色が浮かぶ切れ長の美しい目を覗き込んだ。


「お前疲れてんだよ。赤子なんか泣きたい時に泣かせときゃいいんだからいちいち世話しなくたっていいって」


「でも…可哀想だし…」


今度は朧の言葉を無視して望を揺り籠に乗せた後朧を抱き上げた氷雨は、長すぎる廊下を歩き、居間の前で一旦立ち止まって中を覗き込んだ。


「主さま、望泣いてるけど気にしなくていいから」


「どうした?」


「朧が疲れてるから寝かせて来る」


「ん」


本を読んでいた朔は目を上げて氷雨に抱き上げられている朧に優しく笑いかけた。


「顔色も悪い。望のことは皆で見ておくからゆっくり休んで」


「はい…」


さすがに朔からもやんわり休むことを勧められると断り切れず、少し怒った風な氷雨の頬に手を伸ばした朧は、掌に温かさを感じながら目を閉じた。


「怒ってますよね…」


「怒ってる。さっき一瞬俺が誰だか分かんねえような顔したし、節度持って接するって約束したよな?…今日はとにかくもう寝ろ。世話は俺がやっとくから」


話の途中から朧はうとうとし始めていて、部屋に着く前に寝てしまった。

目の下には隈ができていたし、少し痩せた気がする。


「雪男、後で私の所へ来なさい」


朧を床に寝かせた所で晴明に声をかけられた。

これは相談しなければ――

この嫌な予感を払拭するために。
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