氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
――危機が迫っている。

母と慕う可愛い人から引き離され、見たことのない父のような顔をして世話をしようとする男が、憎い。

そして近くには――どうしようもなく恐ろしい存在を感じる。

それは今まで感じたことのない焦燥感であり、命の危機だ。

せっかくここまで愛しんで育んでもらったのに、この命は終わってしまうのだろうか?

やっと自らの足で立てるようになったのに。

母と一緒に散歩をしたり、恩返しをうしようと思っているのに。


「望、今夜は一緒に寝ようね。明日は忙しくなるけど傍に居るからね」


…明日何が起こるというのだろうか。

何故かどんどん弱っていく母が可哀想で、いつになくしがみ付いて温もりを求めてしまう。

そうしたならば、あの男の表情が少し歪むけれど――

この可愛い人は自分の母なのだから、お前に渡したりなんかしない。


――朧の腕に抱かれた望は、螺旋渦巻く目で朧をじっと見つめた。

その渦に飲み込まれるように朧もまた望を見つめ、逸らせなくなった。


「のぞ…む…」


あんな男、要らない。

自分から遠ざけようとする男は要らない。


「うー」


朧が眠るように意識を失った。


母よ、これでもう大丈夫。

目覚めた時はあの男を思い出すことなどきっともう、できないだろう。

それが自分の力なのだと、知っていた。


だが――

愛しい者の記憶を食むことは知っていても――

その者の命までも食んでいることに、望は気付いていなかった。
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