氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
朧が望を腕に抱いて眠ってしまったため、天満と共に別の部屋で待機していた氷雨は、明け方が近付くと、朧の様子を見に行った。

――朧はすやすや眠っていた。

だが…腕の中の望の大きな目がぎょろりと動いてこちらを見ると、氷雨は腰に手をあてて息をついた。


「おい、お前悪さしなかっただろうな」


「……」


相変わらずの敵意に満ちた目に、さすがの氷雨も多少は傷つく。

あまり他者から嫌われたことがないため、こうして敵意しかない目で見られると、いくら幼子とは言え、つらいものがある。


「朧ー、そろそろ主さま帰って来るぜ。起きて一緒に出迎えよう」


「……ん…」


ゆっくり目が開いた。

氷雨は身構えた。

朧は目覚めた時必ず――他人を見るような目で自分を見るから。

でも、すぐ思い出してくれる。

自分たちが夫婦であり、愛し合っていることを。


「ほら、俺が支えてやるから」


朧の身体がびくりと傾いだ。

…やはり、初対面であるような反応をされて朧をじっと見つめた氷雨は――ここで違和感を覚えた。

こうして見つめ合うとすぐ思い出してくれる朧は、助けを求めるように周囲に視線を遣ってはこちらを見て布団を引きずりながら後退りして壁に背をつけた。


「だ、誰…?」


「誰って…俺だよ。朧…俺だ」


朧、と愛しさを込めて真名を呼ぶと、朧は大きく目を見開いて拳が真っ白になるまで布団を握り締めていた。


「誰…なに…朔兄様…天満兄様!!」


絶叫が響いた。

驚いた氷雨はよろめいて言葉を失った。

その間朧は手足をばたつかせていた望を手元に引き寄せて抱きしめ、それを見た氷雨は――やはり自分だけが忘れられているのだ、と知った。


今回は――完全に忘れ去られた。


「朧…」


来てほしくない日が、来てしまった。
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