氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
言葉に詰まっている朧が極度の緊張状態に陥っていたため、氷雨は朧の体調を慮って話をはぐらかすことにした。


「あのさ、主さまの意向でしばらくの間ここに住むことになったんだけど、こっちはちょっと寒いからいつも以上に体調気を付けないとな」


「多分…大丈夫です。私何度かここに来たことありますから。……え、私…いつここに来たんだっけ…」


誰と?

――考え込む朧の頭をぽんと叩いた氷雨は、それについては言及せず立ち上がろうとして、今度は朧に袖を引かれた。


「あの…足が萎えてて…」


「はいはい、抱かせて頂きますよー」


そんな言い回しに朧がどんな反応をするかもちろん分かっていた氷雨がにやりと笑うと、朧は抱き上げてもらいながら拳を作って氷雨の胸をどんと叩いた。


「好きな女が居るくせに!よくそんな口説き文句みたいなこと言えますね!」


「へっ?誰からそんなこと聞いて……あー、主さまと天満か。あいつら余計なことを…」


否定をしなかった氷雨に対して朧は内心どうしようもなく落胆してしまい、俯いて顔を見られないようにした。


「……女たらし…」


「ははっ、あれ位で女たらし認定されるのはちょっと心外なんだけど。…そういうお前はどうなんだよ」


「私っ?私は別に…好きな方も…居ませんしっ」


「…ふーん、もったいねえな」


何が、と言いかけた時、居間に着いてしまって聞き出せず、朔たちに笑顔で出迎えられた朧は、ふたりの間で下ろしてもらって朔の腕にもたれかかった。


「朔兄様…あの方、女たらしです」


「うん、だから気を付けて」


「そこー、余計なこと吹き込むなよー」


笑いに包まれつつ、朧の心は曇り、氷雨のことで溢れそうになっていた。
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