氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
鬼陸奥の天満邸に来ると必ず一緒に天満と風呂に入る朔は、百鬼夜行の前にそれを楽しみながらにまにましていた。

それは天満も同じで、ふたり顔を見合わせてさらににこーっとすると、朔は天満の顔めがけて水鉄砲を浴びせかけた。


「にやにやするな」


「それはこっちの台詞ですよ。朧はまた雪男に恋をしてますよね?」


「だろうな。気になって仕方がないみたいで、望が放置されてる」


「でも雪男はどうなんだろ…。どう思います?」


天満に問われた朔は、濡れた前髪をかき上げて天井を見ながら息をついた。


「夫婦だったことも伏せてるし、どういった関係だったのか話すつもりはないらしい。だから俺たちもそうする」


頷いた天満は、朧の体力は落ちつつあっても恋をして気力が戻ってきていることに安心していた。


「そういえばさっき望がひとりで立って歩いてたんです。ここに来た時は歩けなかったはずなのに」


「あの赤子は朧の記憶を食い、精魂も吸い尽くそうとしていて、その度に成長が加速してる。どうにかしないと」


ふたりああでもないこうでもないと言いながら風呂から上がった。

居間に戻ると庭に集まった百鬼たちと氷雨が談笑しているのを少し離れた所から見ている朧が居た。

その目はーー恋をしている女の目だった。

女の百鬼が氷雨に近寄って親しげに話をしているのを見て血相を変えていた。


「朧」


「!朔兄様…」


「雪男を始終護衛として傍に居させるから我が儘言い放題していいよ」


ぱっと顔を輝かせた朧の肩を抱いて隣に座った朔は、戻って来たことに気付いた氷雨をびしっと指した。


「お前を朧の護衛役に命じる。始終傍に侍って朧の命に従え」


「はあっ?ちょ…急に何の話…」


ぷいっ。

答える気のない朔に無視されて目を白黒させている氷雨の肩を天満がぽんぽん。


「ご愁傷様。言うこと聞いてた方がいいよ」


駄目出しをして朧を喜ばせた。
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