氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
この雪男という存在は、自分たちの家にとってなくてはならない存在――そこまでは兄たちに教えてもらえた。

だが結局一番訊きたい‟好きな女について”は聞き出すことができず、朔が百鬼夜行に出ると、銀も含めて皆で茶を飲みながら談笑して過ごした。

…見れば見るほど、喉が鳴りそうになるほど美しい男だ。

肌の色が真っ白なくせに軟弱な印象は一切なく、胸元から覗く胸板は厚くて艶めかしい。

低くてよく通る声は心地よく、耳元で囁かれたならばなんでも言うことを聞いてしまうかもしれない。


「朧?なんかぼーっとしてるな。そろそろ寝かせるか」


「うん、よろしくね。変なのが外をうろついてるからできたら朝まで居てやって」


「了解」


今抱き上げられると何を口走るか分からない――そう焦ったものの、氷雨に触れてもらいたくて、腕を伸ばした。


「ったくお前の兄ちゃんたちはほんと甘やかしだな」


「自慢の兄様たちです。…雪男さんは私たちの教育係なんですよね?」


「まあな。甲斐甲斐しく世話してやったのに覚えてないとかがっかりだぜ」


からから笑われながら言われたものの、氷雨だけを忘れているという不可解な状況は少なからず朧を混乱させていた。


「どうして私はあなたのことを覚えてないんでしょうか…」


「んー、まあとりあえずは支障はないし、泉が治れば思い出してもらえるかもな」


はたと目が合った。

真っ青な目の中にぽうっとした顔の自分が映っているのが見えた。

言葉もなく、見つめ合った。

――だが先に視線を逸らしたのは氷雨で、なんとなく離れ難くて氷雨の胸元をきゅっと握った。


「さ、傍に居てやるからちゃんと寝ろよ」


「雪男さんも…一緒に…その…」


「あのさあ、もうお前立派な女なんだから昔みたく添い寝とかできねえよ。間違いなんか起きたら俺主さまに殺される…」


ぼやいた氷雨は、床に朧を下ろして寝かしつけた。

ひたと見据えてくる朧からなんとか視線を引き剥がす。

必死だった。
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