氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
なんと言ってほしいのか――

自分でも分からずに、ただただ見つめていた。

息遣いさえも聞こえる至近距離で見つめ合っていると、もうどうにでもなっていい、と思った。


「言えよ。なんて言ってほしい?」


「わ、私は…別に…」


「ふうん、別にって顔してないけどな。とろけるような顔して俺を見てるし」


…確かに氷雨の目の中に映っている自分は…自分でも見たことのないような顔をしていた。

それに――

雪男や雪女の吐息は、相手を凍りつかせるほど冷たいものだと聞いていた。

肌もとても冷たくて、長い間触れていると互いに傷つけあってしまう、と兄たちは言っていた。

だけど――


「あなたには…好いた女が居るんじゃ…」


「…居るけど、お前が挑発したから乗ったんだぜ」


「……もしかして…それって…」


指を伸ばして氷雨の頬に触れようとすると、覆い被さっていた上体を逸らして仰け反って避けられた。

それでも確かめなくては、と胸元を掴んで引き寄せて――頬に触れた。


「…あったかい…」


氷雨が目を見張った。

驚きに満ち溢れた表情で、触れている朧の手に手を重ねて確かめた。


「記憶を失っても…そうか…そうなんだな」


「あなたが好いている女は…私なんですね…?」


声もなく見つめ合った。

氷雨がはにかむように笑うと、どうしてこんなきれいな男に好かれて、恋愛関係にあったことを忘れているのか――自分自身を激しく叱咤した。


「どうして私、雪男さんを忘れているの…!?」


「雪男さん、なんて呼ぶなよ。俺の真名を…氷雨って呼んで」


真名をせがまれて、震える声で呼んだ。

今度は心から嬉しそうに氷雨が微笑んだ。

ああ、私はこの男を愛している――

朧は再び、同じ男に恋をした。
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