氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
氷雨もまた、心をこめて愛しい女の真名を呼んだ。

ぞくりと身体を震わせた朧を抱き起して膝に乗せて、頬に伝う涙を唇で好いとった。


「なんで泣いてんだよ」


「だって…氷雨さんに申し訳なくて…それに、嬉しくて…」


「お前がなんで今こんなことになってるのか、ちゃんと話す。長くなるから身体がきつかったら…」


「ううん、大丈夫」


――氷雨は羽織を引き寄せて朧の身体にかけてやると、一心に見つめてくる朧の艶やかな髪を撫でながら話し始めた。

夫婦になる前の紆余曲折から夫婦になって新婚旅行に出て望を拾うまで――

望が体調不良や記憶喪失の原因だと知った時、朧はそれでも望を庇おうとした。


「私も半妖だし、共感するのは当然です。あの子には私しか頼れる存在が…」


「悪いけど俺たちにとっては元凶なんだ。俺は多忙な主さまをここまで連れて来てしまった責任を感じてるし、お前に忘れられたことは…本当につらかった。だから…」


俯いた氷雨の表情が長めの前髪に隠れて見えなくなった。

氷雨の声が震えたように感じた朧は、氷雨の身体に腕を回して抱きしめると、今まで必死になって奔走してくれた皆に感謝した。


「後で兄様たちにも謝らないと…。それとあの…氷雨さん…」


「ん?」


もじもじする朧を急かすことなく待っていると、朧は身体を起こして背筋を正して氷雨の肩に手を添えた。


「私たち…夫婦なんですよね?」


「ああ、そうだけど…それがどうした?」


――明日の自分は、氷雨を忘れてしまうかもしれない。

だけど今の自分は――氷雨を愛しているし、何か証が欲しい。


「氷雨さん…お願い、私を…」


緊張しながら、願いを唇に乗せた。
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