氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
「え…抱いてほしい?」


「お、大きい声で言わないで下さい!」


精一杯頑張ってようやく口にしたのに、氷雨はこいつは何を言うんだという顔をしていて、猛烈に恥ずかしくなった朧は首を竦めて縮こまった。


「だって…私たち…夫婦なんですよね?その…そういったことも…してたんですよね?」


「ああ…そりゃまあそうだけど…でもお前弱ってるし、そんなことしてる場合じゃ…」


「でも、‟今の私”はあなたを知りません。それに、‟明日の私”はあなたをまた忘れるかもしれない。だから…経験しておきたいんです。愛した方と…その…」


――あまりにも初々しい態度に、鉄壁を保とうとした氷雨の感情は脆くも瓦解し、恥ずかしくて身体を震わせている朧をきゅっと抱きしめた。


「そうだな…今俺の前に居るお前は、俺のことを忘れていてもまた好きになってくれた。だから今のお前を大切にするよ」


朧を優しく押し倒すと、朧は両手で顔を覆って懇願した。


「私、その、はじめてだから…優しくして下さい…」


「ん、俺に任せとけ。……二度目の初夜か…なんか俺も緊張してきた」


氷雨が上半身はだけると、朧はそれを指の隙間からちらちら見ていて氷雨に笑われた。


「恥ずかしいとか言いながら指の隙間から見るのは変わってないんだな」


「えっ!?そ、そうなんですか…やだ…恥ずかしい…」


恥ずかしい、と繰り返し呟く朧の首筋に唇を這わせると、潤んだ目で見つめ合い、ゆっくり唇を重ねた。

‟今の朧”にとってそれははじめての口付けであり、やわらかくてよろけるような感触にがちがちだった身体の力が抜けた。


「私がまたあなたを忘れたとしても、きっとまた好きになります。その時はまた、こうして私を抱いて下さい」


「ああ、何度でも」


ついばむような口付けを知っている気がして、目を閉じて愛されている喜びを全身で感じた。
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