氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
朔たちの滞在が長引くと書かれてあった文を受け取った幽玄町の十六夜は、不機嫌な面を隠せなかった。
大体当主はこの屋敷から離れることはなく、常に泰然自若の姿勢でいなくてはならない。
いくら朔が若く力に溢れているとはいえ、こうも頻繁にほいほいと留守にされてはさすがに不満が募っていた十六夜は、遊びに来ていた晴明の肩を煙管で叩いた。
「痛いぞ、何をする」
「…何故俺がまた留守を預からなくてはならないんだ。俺の自由の時は?」
「そもそもそなたはなかなか妻を娶らなかった故に当主としての在位が長かった。自由の時はそなたが短くしたようなものであり、朔たちのせいではない」
「…」
そう言われてはぐうの音も出ず、にこにこしながら手作りの饅頭を運んで来た息吹を晴明は隣に座らせた。
「息吹、朔たちは滞在が長くなるようだよ」
「そうなんですか?でも朧ちゃんの体調を良くするためだし、そのためならいつまでも待っていられるもん。ね、主さま」
――息吹は未だに十六夜を‟主さま”と呼ぶ癖があり、息吹のことになるとどこまでも甘くなってしまう十六夜は、また口をへの字に曲げて腕を組んだ。
「……大体俺は雪男が夫だなんて未だに納得できてない」
「そなたが納得せずとも、例え引き離したとするならば、ふたりとも早死にする。十六夜、雪男や雪女が同族以外の者と夫婦になることは奇跡なのだ。そなたがまだ納得せぬのならば、私が身を張ってでも…」
「喧嘩?喧嘩なの?」
息吹のひやっとした声に身を竦めたふたりは、ぶんぶん首を振って否定した。
「…留守を預かるのは別にいい。ただ無事に帰って来てさえすれば」
「あの子たちを見くびってはいけないよ。そなたたちの子の中でも随一の才に溢れた者らと、本気のそなたと相対して引き分けに持ち込んだ雪男が揃っているのだからね」
「…分かっている」
「さっ、お話が終わったのならお饅頭食べましょう」
朗らかな息吹の声にふたりは頬を緩め、青空の中あたたかい饅頭を頬張った。
大体当主はこの屋敷から離れることはなく、常に泰然自若の姿勢でいなくてはならない。
いくら朔が若く力に溢れているとはいえ、こうも頻繁にほいほいと留守にされてはさすがに不満が募っていた十六夜は、遊びに来ていた晴明の肩を煙管で叩いた。
「痛いぞ、何をする」
「…何故俺がまた留守を預からなくてはならないんだ。俺の自由の時は?」
「そもそもそなたはなかなか妻を娶らなかった故に当主としての在位が長かった。自由の時はそなたが短くしたようなものであり、朔たちのせいではない」
「…」
そう言われてはぐうの音も出ず、にこにこしながら手作りの饅頭を運んで来た息吹を晴明は隣に座らせた。
「息吹、朔たちは滞在が長くなるようだよ」
「そうなんですか?でも朧ちゃんの体調を良くするためだし、そのためならいつまでも待っていられるもん。ね、主さま」
――息吹は未だに十六夜を‟主さま”と呼ぶ癖があり、息吹のことになるとどこまでも甘くなってしまう十六夜は、また口をへの字に曲げて腕を組んだ。
「……大体俺は雪男が夫だなんて未だに納得できてない」
「そなたが納得せずとも、例え引き離したとするならば、ふたりとも早死にする。十六夜、雪男や雪女が同族以外の者と夫婦になることは奇跡なのだ。そなたがまだ納得せぬのならば、私が身を張ってでも…」
「喧嘩?喧嘩なの?」
息吹のひやっとした声に身を竦めたふたりは、ぶんぶん首を振って否定した。
「…留守を預かるのは別にいい。ただ無事に帰って来てさえすれば」
「あの子たちを見くびってはいけないよ。そなたたちの子の中でも随一の才に溢れた者らと、本気のそなたと相対して引き分けに持ち込んだ雪男が揃っているのだからね」
「…分かっている」
「さっ、お話が終わったのならお饅頭食べましょう」
朗らかな息吹の声にふたりは頬を緩め、青空の中あたたかい饅頭を頬張った。