氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
流水の骸は、その妻だった綾乃を葬った墓場に埋葬してやろうという話になり、幽玄町へ帰る前に寄り道することになった。

泣き疲れた望は朧車の中で眠ってしまい、朔は氷雨の隣に陣取ってその袖を握って揺らしていた。


「どんな声が聞こえているんだ?雪月花は喋るのか?」


「俺は雪月花が喋ってると思うんだけど、晴明は違うって言うんだよな。男か女かも分かんねえ位の囁き声っていうか…あーもー離せって!童か!」


「雪男は僕らにとっては師匠だからね、また強くなられちゃ焦るんだよ」


「いやいや、お前らとっくに俺を超えてるから!それよか…」


ーー緊張の糸が切れたのか、朧もまた疲れて氷雨の肩に寄りかかって寝てしまい、氷雨はゆっくり身体を横たえさせてやって羽織をかけた。


「朧はこれでもう大丈夫なんだよな?」


「断言はできぬが恐らくは。この幼子を詳しく調べてからにはなるが、現状人の子と変わらぬように見受けられる」


「僕もついて行きたいけどここで一旦お別れです」


鬼陸奥の上空に来た時、天満がすくっと立ち上がり、皆に笑顔を振りまいた。


「天満、一度幽玄町に戻って来ないか。母さま達も心配してる」


「僕はこの地から離れませんよ。でもそうだな、次に帰る時は…朔兄の祝言の時とか」


朔が苦笑いすると、天満は御簾を上げて手を振り、そのまま飛び降りて帰ってしまった。

ただ彼らは頻繁に文のやりとりを行なっているため今生の別れでもないし、水鏡もある。


「朔兄様、埋葬を終えたら私たちの屋敷で是非一泊を」


「父様がまだかと待っているだろうからすぐ戻ろう戻ろうと思う。お前も朧も体調には気をつけてほしい」


「この過保護が」


氷雨が茶々を入れると朔はまた袖を振り回して軽く唇を尖らせた。


ーー日常が戻って来る。

落ち着いた環境で朧には過ごしてほしいーー


誰もが切に願っていた。
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