氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
日々腹が膨らみ続け、食べ物の好みが変わり、身体が重たくなる――

腹の中で育っている生命を愛しく感じている朧は、いつも隣に居てくれる氷雨と共に縁側で腹を撫でていた。


「あとひと月位で産まれてくるそうです。お産って痛いのかな」


「息吹曰はくお産の痛みは忘れるっていうけど、大丈夫。俺が手を握っててやるから」


寝返りを打つにもひとりでは無理だし、何をするにも氷雨の手を借りなければならず、それを申し訳なく思っていた朧だったが――氷雨はいつも嬉しそうで、思わず笑みが零れた。


「なんだよ」


「氷雨さんは朔兄様が産まれた時からずっと私たちの教育係だったでしょ?赤ちゃんのお世話なんてお手の物?」


「まあな、俺にかかればどんなに泣いたってすぐ泣き止むし、あやす技術なら超一流です」


自画絶賛。

どんと胸を叩いて誇示していると、そこに朔が通りがかった。

本を片手に縁側で日向ぼっこをするつもりらしく、わざわざ氷雨が座っていた傍に腰を下ろしてぐいぐい手で押してその場所を譲れと無言の催促。


「ちょ、主さま…縁側広いんだからここじゃなくても…」


「…」


「主さま?」


返事はなく、ごろんと横になって読書を始めた朔が何を言いたいのかぴんときた氷雨は、ため息をついて朔を指して朧にこそり。


「また我が儘が始まったぜ」


「ほら、早く呼んであげて下さい」


「ったく…。朔、寝るなら自分の部屋で…」


「ここがいい。誰かの話し声が聞こえてた方が落ち着く」


あれから朔は何かといっては真名を呼ばせたがる。

息吹たちは甘えん坊だと笑うが、呼び慣れない氷雨は頬をかいて肩で息をついた。


「お前の兄ちゃん、ほんと我が儘だよな」


「氷雨さんが優しいから甘えちゃうんですよ。私も甘えよっかな」


肩に頬をすり寄せてきた朧と背後で寝転んで本を読んでいる朔にごろごろ喉を鳴らされ、今日も氷雨は彼らの世話に追われた。
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