氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
これ以上はないというほどに腹が大きくなっていよいよひとりで立ち上がったりもできなくなった朧は、朔から本を借りて縁側で読書をしていた。

兄の読む本は活劇が多く、恋愛要素がほとんどないものばかりで少し物足りなかったけれど、それでも敬愛する兄に寄り添いたくて夢中で読んでいると――


『ふふ』


「?今…声が?」


『祝福してあげよう。我らの声を聞きし者の子に祝福を』


今度ははっきりと聞こえた。

男なのか女なのか――その中間のような声が空から降り注いでくる。

立ち上がろうにもかなり時間がかかるため耳を澄まして聞き入っていると――


「あ…雪…」


晴天の空から雪が降ってきた。

ひらひら舞い降りて来た雪を掌で受け止めると、それは全く冷たくもなく、また溶けることもなく、朧の掌の中でゆらゆらたゆたっていた。


「え、溶けない…。氷雨さん、氷雨さんはどこ…」


朔と共に今夜行われる百鬼夜行の打ち合わせをしていて席を外している氷雨を探そうときょろきょろしていると、突如腹の中で何かがすうっと下りてきたのを感じた。

痛くもなく、ただただ違和感。

びっくりしてじっと腹を見下ろしていると、打ち合わせを終えて戻って来た氷雨が朧の顔色を見て青ざめた。


「朧!?お前顔色が真っ白だぞ、どうした?」


「え?ううん、なんでも。それより氷雨さん、雪が溶けなくて…」


氷雨の手を借りて立ち上がった時――氷雨が絶叫。


「お、お、おおお朧!お前、血が!足!血!血!」


「え!?」


慌てふためく氷雨と朧。

異変を感じた朔が駆けつけると、氷雨は朧を抱きかかえて朔の脇を足早に通り過ぎた。


「主さま!産まれる!」


「お祖父様を呼んでくる」


すぐさま身を翻した朔と別れた氷雨は、動転のあまりずっと呟いていた。


「大丈夫だぞ、落ち着け…落ち着け、俺と朧!」


痛みの全くない朧はまさか陣痛が始まっていたとは夢にも思わず、目を白黒させていた。
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