氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
息吹の時とは全く違う――

十六夜と息吹の子が産まれ落ちる時必ず傍に居て手伝っていた氷雨は、陣痛がきたのに全く痛がっていない朧の様子をおろおろしつつ冷静に観察していた。

朧の左手は固く握られていて、床に下ろすと氷雨はその手を指して朧に顔を近付けた。


「なんか握ってるのか?それと…痛くないのか?」


「これ…降って来たんです。でも溶けなくて…あと声が聞こえた気がして…」


閉じていた手をそっと開いた朧は、掌の中の雪の結晶を氷雨に見せて目を丸くさせた。


「なんでこれ溶けないんだ?声って?」


「‟祝福してあげる”って聞こえた気がします。氷雨さん、お腹が変なの。本当に産まれちゃうの?」


――雪月花が天叢雲のように人格をもったものだと思い込んでいた氷雨は、実はそうではなく、もっと稀有で希少な存在と契約を結んだのだとこの時はっきり悟った。

それが祝福してくれている…

つまり産まれて来る子はその存在に愛され、力に恵まれて産まれて来ることが確定したのと同じ。


「朧、それは陣痛なんだ。通常のお産とは違うけど、痛くないならその方がいいに決まってる。晴明が来るまで待てるか?」


「は、はい、痛くないから大丈夫なはず…」


朔が緊急用の式神を飛ばすと、空を飛ぶ牛車で駆けつけた晴明は、すぐさま朧の脈を取ったり腹に手をあてて目を閉じると、氷雨に目配せをした。


「これはもう産まれてしまう。早くお産の準備をしなさい」


「あ、ああ」


手順は分かっている。

頭では分かっているけれど、いざ自分の子となると動揺してうまく身体が動かず、山姫が手伝ってくれて励まされた。


「しっかりしな。あんたがそんなだと朧が動揺するからね」


かくかく頷いた氷雨の背中をばんと叩いた山姫は、静かに降っている雪を見つめて笑った。


「晴天の夜空に浮かぶ月、ね。きっといいお産になるよ」


しんしんと降る雪と月に思いを馳せた。
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