氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
本来なら半日とかけず着く距離だったが、朧の希望を汲み取って途中でそれなりに大きな妖の集落に寄った。

妖の集落は大抵出入り口に目くらましの術がかけられてあるため、妖にしかその目印を見つけることはできない。

朧車から下りた氷雨は、山奥にある樹齢何千年の大木の幹に手をあてた。

すると大木が音を立てて真ん中からふたつに割れて出入り口が現れると、朧は護衛の猫又の尻尾を握って振り回しながら興奮した。


「すごい!」


「ちょっと寄るだけだぞ、俺とお前は目立ちすぎるからあまり縁のない場所には長居しない方がいい」


――それもこれも、氷雨は朔の側近として広く知られている。

しかも先代の頃からの側近であり、そんな男が現当主の妹を嫁に貰ったということももちろん知られていた。

鬼に金棒とはまさにこのことだとよく言われてきたが、氷雨もまたそう思っていた。

守らなければならない存在が居るから、きっともっと強くなれる――氷雨は実際、朧を妻に迎える前よりも強くなっていた。


「ここは朔兄様の力の及ばない所なんですか?」


「俺たちは基本人に仇為す連中を制裁しに行くんだ。妖同士の諍いには手を出さないし、こういった人が入り込めない集落は範疇外だから、主さまは来たことないんじゃないかな」


「お師匠……氷雨さんは来たことがあるんですか?」


「俺は先代の百鬼になる前は各地転々としてた時期があるからその時にな」


「ふうん…転々と…さぞ女にもてたでしょうね…」


「おっ、あそこ可愛い帯飾りがあるぞ。鈴がついてて可愛いな、買ってやろうか」


「えっ、本当に!?」


不穏な空気になりかけた所をすんでのところで躱した氷雨は、内心ほっとしながら櫛屋に入って桃色の桜の形をしていてちりんと可愛い音を立てる鈴のついた帯飾りを朧に見せた。


「似合いますか?」


「ん、似合う。他にもお前に似合うやつがないか見て回ろうぜ」


長年側近として仕えてきた氷雨には実はかなりの財産がある。

朧のためなら散財しても構わないという心意気で、手を繋いで店内を見て回った。
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