クロスロード
「あれ?……」

目を覚ますと辺りは前にも増して暗くなり、目の前には静かに燃える焚き木、隣にはスヤスヤと寝音をたてるタグがいた。

「夜かあ……」

いつの間に夜になったんだろ。
眠る前の記憶がない。
気持ちよくお昼寝すると難しいこととか寝る前のこととか全部頭の中から追い出されちゃうんだよね……。

「そういえばセレナは?」

左手の薬指にはめられた指環にも、そこらの辺りにもセレナの気配は一切感じられない。

「よいしょ……」

立ち上がると体についた土埃を払い歩き出そうと足を踏み出す。
セレナどこいったんだろ。心配だなあ。
あんまり遠くにまで行ってないといいけど。なんて、私、セレナの保護者みたい。そう思うとフッと笑みがこぼれた。

「なに笑ってんのよ」

そんな声にハッとして振り返ると少し険しい顔をしたセレナがのそりと立っていた。

「セレナ!良かったぁ」

「はあ?なんのこと?…………それより、あんた、体調は大丈夫なの?」

「ん?うん!元気だよ」
そういって笑ってみせるとセレナは呆れたような仕草をした。

「あんたって意外と打たれ強いわよね。あんたの前じゃ〝華の貴婦人〟もただの子どもって感じかしら」

「〝華の貴婦人〟?……」

「さっきあんたの魂を吸った魔女のことよ。もっとも、みんな〝魂を吸う魔女〟としか認知してないからその名前では知られてないけどね」

そういうと艶やかな黒髪をファサリと後ろにやって、私の右斜め後ろにある大きめの岩にストンと腰掛けるセレナ。
組んだ足や、表情、仕草。そういう見えてる部分だけじゃなくて、知識まで豊富なところ。
なんだか、ほんと、セレナって私とは程遠い大人の人だなあ。
「セレナはよくそんなこと知ってるよねぇ。大海原に放り出された時も動じないどころかそこがどこかとか気候とかわかってたし」

そんな私の言葉にセレナはフッと笑みを浮かべた。

「大昔には、仲間と一緒に世界中飛び回ってたからね」

静かに揺れてた焚き火が、セレナがパチンッと指を鳴らしただけで、燃え始めた頃のようにパチパチと勢いを増す。体に熱気が伝わるほどの炎を一瞬で現したセレナには改めて感心してしまう。やっぱりすごいなあ。

ふとセレナの方に視線を戻すと、その表情には深い深い影が浮かんでいた。
火が強くなった分影が濃くなる。
たったそれだけのことなのだろうけど、たったそれだけのことには思えなかった。

「けど、もう、みんな死んだ」

光を宿さない瞳をして、セレナはそういう。
その言葉には何の感情も含まれていなかった。
悲しみも懐かしさも苦しみも辛さもなにも、なかった。


ー悪魔には寿命がないからー



ふとセレナの言葉を思い出す。
セレナは、私には想像がつかないくらい途方もない時間を生きてるんだ。
その間に何人も大切な人を失って傷ついて、傷くことすら嫌になってあの館にいたのかも。
大切な人を作ってしまうよりあの館で人を弄んでるほうがずっと楽で楽しいから。

だけど、今は、私とタグと一緒にいる。
それってすごく、あたかなこと。
だから……。

「あんたらもいつかは」

「セレナ」

「ちょっ、なにするのよ!」

私がそっとセレナを抱きしめると、セレナは珍しく動揺した様子をみせる。

「私とタグは"今"ここにいるよ。こうやってあたたかい"今"を積み重ねていけば、それはあたたかい過去になって、その先の未来を照らしてくれるんだよ」

「……なによそれ。急に……意味がわかんない」

そういうセレナの頬は少し赤いような気がする。
そんなセレナを見て優しく微笑むとより強くセレナを抱きしめる。

「ちょっと苦しいわよ!」

「えへへ」

「えへへ、じゃないっての」

その時の私は、知らなかった。
これから、思いもよらないような最悪の事態が私を待ち受けているなんて。

だから、ただ、仲間のあたたかさに包まれていたんだ。




「おはよ。今って朝……だよね?」

そうたずねてくるタグは、夜よりかは明るくなった暗く陰鬱な周囲の森に視線をやる。

「うん、そのはずだよ」
そういった時、ふと胸のあたりが痛くなった。

なんだろ、これ。

そんな私の様子に気付いたのか、タグが険しげな目をしてこちらを見る。

「大丈夫?昨日倒れたんだよ。まあ、寝てただけだったみたいだけど、それでも」

「大丈夫だよ、タグ。心配しないで」
そういって微笑むも、胸のあたりが今まで感じたことがないくらい燃えるように熱く、立っているのもやっとだった。

これって、あれ……胸焼けかな。
昔スタルイトのパイを食べ過ぎた時これと似たように胸のあたりがムカムカしたけど……。

でも、これは、違う。
なんなんだろう、これ……。

「やっぱり」
そういったタグの言葉を遮って
「セレナ遅いね」
という。

心配かけたくないし、それに実際セレナのことが心配だったから。

「ああ、女悪魔ね。どうだろうね。だって、昨日の晩、『いい薬草が見つかったからとりにいってくる』って言ったんだろ?あの悪魔、薬草とか好きそうだからな」

そう、昨日私とセレナは暫く話をした後、セレナは薬草をとりに、わたは改めて眠りについたのだった。

「あら、よくわかってるじゃない、坊や」

「うわっ?!」

自分の背後に突如として姿を現したセレナに驚き飛び退いて、尻餅をつくタグ。
その様をみてクスクスと笑うセレナ。

「坊やの為にたーくさん薬を作ってあげるからね」

「やめろ!お前が作った薬なんてぜっったいに口にしないからな」

「あら、冷たい坊や。じゃあ、ベジに」

そういってこちらに顔を向けたセレナは言葉を発さずに目を見開きこちらをただただ見つめてくる。

「?どうかしたの?セレナ」

なにかの遊びかな。私は知らないけど……。

「あんた……」

「なに?」

「……なんでもないわ。そんなはずないわね。」
そういうと少し考えるような仕草をしたセレナだったけど、すぐにそれをといて、
「とりあえず、ベジの家に行くわよ。確認したいこともできたし」
そういってチラリと私を見やると、タグの前にスッと腕を伸ばし、手のひらを開くセレナ。

「なんだ?昨日の魔女の真似事か?」

「違うわよ。わかんない?冒険に必要なもの。よこしなさいっていってんの」
その言葉にピンと来たらしいタグは自分の体を守るように抱きしめる。

「貸さないからな!絶対に貸さないからな!!」

「あら、そう。じゃ」

そういうとニヤリと笑い、先のとんがった黒紫色の尻尾をタグの腕にぷすりと刺すセレナ。
自分の身を抱きしめていたタグは反応が遅れてセレナの思い通りにことが進む。

「あなたがのぞむなら魔法のじゅうたんの一つや二つ」
そういってうっとりとした表情で懐から取り出した魔法のじゅうたんをセレナに手渡すタグ。

「よろしい」
そういってじゅうたんを受け取るとパチンと指を鳴らして魔法を解くセレナ。
ハッと我に返ったタグは悔しすと怒りをにじませる。

「ありがと、下僕の坊や。さ、行きましょうか、ベジ。それと坊や」

「僕は下僕じゃないっ!!それに坊やもやめろ」
そういいつつ、セレナが広げたじゅうたんに乗り込むタグ。
二人はなんだかんだいって仲良いなあ。
そう思いながら私はじゅうたんに乗り込んだ。

胸の痛みもその頃には消えて、胸が焼けるほどに熱かったことなんて気付かぬうちに忘れていってしまった……。
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