君と僕のキセキ

「聞いてくれてありがとう。少し、楽になったような気がする」

「なら、よかったです」

 僕は、赤くなっているであろう顔を背けて答えた。



「私も、ちょっと前向きになってみようかな」

「それって、どういうことですか?」



「ふふ。秘密」

 明李さんは、口元に人差し指を近づけてそう囁いた。そのしぐさがとてもキュートで、『好き』がまた一つ積もっていく。



「あっ、もう時間だ。時光くんも次は授業でしょ」

「はい」

 明李さんがお盆を持って立ち上がり、食器返却口へと歩いていく。仕方なく、僕もそれに倣った。



 結局、発言の真意がわからないまま、僕たちはそれぞれの教室へと向かう。

 キャンパス内の木々はいつの間にか、色づいた葉を脱いで裸になっていた。



 ――明李さんを好きになって、本当によかったと思う。

 僕は歩きながら、そんなことを考えていた。



 なかなか気持ちを伝えられない自分への苛立ち。二人の距離が一向に近づかないことへのもどかしさ

 そういったものを全て含めて、素敵な体験だと思う。

 僕は明李さんのおかげで、人を好きになることの素晴らしさを知った。



 相手の幸せを願うだけで、自分も幸せな気持ちに染まる。それが恋という、解析不可能な現象の本質なのだと、僕は思う。

 明李さんにも、この幸福を味わってほしい。

 そしてできれば、その相手が僕であればいい。



 ――私も、ちょっと前向きになってみようかな。

 その言葉の意味を考える。何に対して前向きになるのだろうか……。話の流れからして恋愛で間違いないと思う。



 例の男と歩いていたとき、明李さんが楽しそうに笑っていたことを思い出す。言い寄られて困っていると言っていたが、基本的には話していて楽しい相手なのだろう。



 明李さんが幸せになるのならのば、それで構わない。頭でそう思い込もうとしても、心はズキズキと痛む。

 相手の幸せを願っているのに、僕は苦しくなっている。

 恋は複雑で、幸せで――とても切なくて痛い。
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