君と僕のキセキ
一瞬たりとも、気持ちが揺るがなかったと言えば嘘になる。
文月さんに対して、恋愛感情は抱いていなかった。しかし、彼女はとても魅力的な女性だ。真面目で努力家で、いつも周りのことを見ている。年下だとか女性だとか、そんなことは関係なく、彼女は僕の尊敬の対象だった。
だけど――
それでもやっぱり、僕は明李さんのことがどうしようもなく好きだった。
静寂を破ったのは、文月さんだった。
「……あの、パンフレットに載ってた綺麗な人ですか?」
二ヶ月くらい前、彼女に大学のパンフレットを見せてもらったときのことを思い出す。そこに明李さんの写真が載っていたのを、僕が見つけたのだ。
「まあ、告白もしてないし、勝算もないんだけどね」
僕に質問する文月さんの声が、今にも泣き出してしまいそうな湿り気を纏っていて、僕は無理やり明るく答えた。
「そんなことないです。先輩ならきっと大丈夫です。私、先輩のいいところ、たくさん知ってます!」
僕だって、文月さんのいいところはたくさん知ってる。でも、今それは口にすべきではないと、なんとなくわかった。少しだけ成長したみたいだ。
「ありがとう。僕も頑張ってみる」
文月さんみたいに、を省略して決意表明。
「応援してます」
もしも僕が明李さんに告白をして、好きな人がいるからとフられてしまったら、今の文月さんのように応援することはできるのだろうか。
「先輩」
文月さんが呟くように言った。その口調からは、迷いが感じ取れる。
「ん?」
「最後に一つだけ、お願いがあるんです」
「お願いって?」
「私の名前って、知ってますか?」
「知ってるけど」
前から、すごく素敵な響きだと思っていた。
「その……一回だけ、名前で呼んでいただけませんか? 好きな人に、名前で呼んでもらうのが夢だったんです」
文月さんはうつむいて恥ずかしそうに言った。