君と僕のキセキ
5.恋の始まり
「この本ですよね。どうぞ」
僕は、買おうとしていた本を指で示して言った。おそらく彼女も、同じものを購入しようとしていたのだろう。
どうしても今すぐ読みたいというわけではなかった。また入荷したときに買えばいい。僕は本を譲ることにした。
相手が綺麗な女性であったことも、ちょっとだけ関係あるかもしれない。
ところが、話はそれで終わらなかった。
「いえいえ。そちらこそ」
彼女の方も同じように譲る意志を示したのだ。
「いや、そんな……」
ここは彼女の厚意に甘えるべきか。いや、本心ではものすごく欲しいが礼儀として譲ってくれているという可能性も考えられる。それならもう一度、僕も退くべきだろう。けれども、面倒くさい人間だと思われるのも嫌だ……。
「実は私、この本は昔に一回読んだんですよ」
次の一手に悩む僕に、彼女が言った。
「そうなんですか」
昔と言うからには、ハードカバーで発売されたものを読んだという意味だろう。
「ええ。とても面白い本なんです。実家に置いてきちゃったんですけど、文庫化するって聞いてまた読みたくなっちゃっただけなんです。そんなわけで、どうぞ」
なんだか、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。一度読んだことがあるとはいえ、彼女だって、この本を読みたいことには変わりないではないか。
「僕も実は、この作家さんの本は読んだことなくって、でも少し面白そうだなって思って、興味があっただけなんですよ。あらすじを見てから買おうかどうか決めようとしてたんです。だからやっぱり」
――お譲りします。そう続けようとしたのだが、
「え? 読んだことがないんですか?」
彼女は、信じられないという風に大きく目を見開いて言った。