君と僕のキセキ
ずいっと、僕の方に身を乗り出してくる。顔が近い。柑橘系のいい香りが鼻腔をくすぐった。香水だろうか。心拍数が十パーセントくらい上昇したような気がする。
「あ、はい……」
僕はやっとの思いで返事をした。
「もったいない。あんなに面白い作品がいっぱいあるのに!」
先ほどよりも彼女の声のトーンは上がっている。
たしかに、誰もが知っているであろう国民的な人気作家だったが、そこまで驚かれることなのだろうか。
「そういうわけで、あなたに読んでもらった方がきっとこの本も幸せだと思います」
僕はそう言って退散しようとした。
しかし、
「待って待って! これをきっかけに、キミも読んでみてよ。そしたら、絶対ハマるから!」
彼女は、自信満々の眼差しで僕を見る。逃げられそうもない。
「はぁ。わかりました」
そこまで言うなら、読んでみたくなってきたし、彼女も譲ると言っているのだから問題ないだろう。
「読みやすさ、構成、そしてもちろんミステリーとしての面白さ。そのどれもが高水準。生み出した作品のドラマ化、映画化は当たり前。三年前には国際的なミステリーの賞にだって選ばれた。他にも色々あるけど、とにかくすごい人なの」
僕に向かって熱弁する。どうやら彼女は、この先品を書いた作家のかなりのファンらしい。文庫に比べて値の張るハードカバーを買うほどなのだから当然か。