君と僕のキセキ
その日の夜、僕は彼女に騙されたのかもしれないと思ってしまった。
彼女は、僕に半額を出させてそのまま本を自分のものにしてしまおうと企(たくら)んでいるのではないか。連絡先も架空のものかもしれない。しかし、そこまでして騙す理由もなかった。たかが五百円程度だ。
そんなことを考えたのも、僕のネガティブ的な思考に起因する。
僕は、幸せに対して何かしら同程度の不幸がないと落ち着かないような性格なのだ。
結局、確かめる術(すべ)もないまま、僕は一日を終えた。
幸い、悪い予感は当たらず、明李さんの宣言通り、翌日の朝に連絡が届いた。一日の始まりに彼女からのメッセージを眺めた僕は、いつもよりも活力に満ちていたような気がする。
昼休みに生協の前で待ち合わせをし、本を渡された。
「いやぁ、やっぱりめちゃくちゃ面白かった。あ、読むならたっぷり時間を作って読んだ方がいいよ。止まらなくなるから」
明李さんはそう言って、うっすらと隈のできた顔ではにかんだ。
彼女の言った通り、その本は面白かった。特に後半、息もつかせぬ展開に、夢中でページを捲った。
読み終わって、無性に彼女と感想を話したかったけれど、連絡するかどうか迷っているうちに、数日が過ぎてしまう。
以上が、去年の五月の、僕と明李さんの出会いだった。