君と僕のキセキ
「おはようございます」
パソコンに向かい合っている店長に向かってあいさつをする。
「おはよう、伊澄ちゃん」
店長は年齢不詳の美人だ。
「何かあったの?」
黙々とエプロンを付けていると、店長が話しかけてきた。
「いえ、別に。どうしてですか?」
びっくりしたが、他人に心配をかけることが嫌いだった私はそう言った。
「ううん、ただの勘。なんとなく、いつもより暗い気がして。何かあったら遠慮なく言ってね」
「はい。ありがとうございます」
いちいち落ち込んでいたら、お店に迷惑がかかってしまう。店長に全てを相談したい気持ちをグッと抑えて、店内に出た。
私は無心で本棚の整理を始める。たくさんの文庫本が、紹介ポップ付きで並べられていた。
とある有名な小説が今年で発売から五十年経つらしく、店舗内の一等地の棚ではその作品が前身となって築いたジャンルを大きく展開している。最後に見たのが二日前のバイトのときなのだが、そのときよりも全体的にかなり減っているような気がする。順調に売れているようだ。
母がこういった小説をよく読んでいたような気がする。私も本は読む方だが、小説は軽く読めそうな恋愛ものがほとんどで、どちらかと言えば漫画の方が好きだった。
レジに列ができているのを見て、サポートに入る。この店には自動レジが導入されているが、図書カードやクーポンなどはそちらでは処理できず、結局私たち店員が会計を行っていた。