君と僕のキセキ
「まだやってくの?」
「はい。もうちょっとだけ」
真ん中に入れる紹介文も、すでに決まっている。あとは清書してポップは完成だ。
「そっか。じゃ、お先です。お疲れ様」
先輩が、コートを羽織りながら私に言った。
「お疲れ様です」
「外、もう暗いから気をつけて」
そんな一言だけで、とても嬉しくなる私は単純だろうか。
「ただいま」
家のドアを開けて言う。反応する者はいない。私は一人っ子で、母は仕事だ。
幼稚園のときに描いた絵は、まだ玄関に飾られている。ちょうど視線の高さくらいで、見上げなくても自然に目に入ってくる。
いつの間にか、絵を描くことが好きになっていた。その理由もわかっている。昔の私はきっと、絵を描けば父が褒めてくれると思っていたのだ。
父が遠くへ行ってしまったあと、私は、彼が帰ってきたときに、上手く絵を描けるようになって驚かせてやろうと企んでいた。
大好きな父に褒めてほしくて、驚いてほしくて、絵の練習をたくさんした。そして気づいたときには、絵を描くという行為自体が好きになっていたのだ。
父は今、どこにいるのだろう。空港で見送ってから、もうすぐ十年が経つ。
もしかすると、今は彼の大好きな宙(そら)にいるのかもしれない。
私たちは、世界で一番遠く離れた父娘(おやこ)なのではないだろうか。