君と僕のキセキ

 父は、大きなプロジェクトの一員として宇宙に関する研究を行っているらしい。しかし、それが極秘で進められているもので、家族にさえ詳細は知らされていない。連絡さえ、することもできないという。



 その話を母から聞く前、小学三年生のとき、一度だけ尋ねたことがあった。

 父は何をしているのか。父はどこにいるのか。父がいつ帰って来るのか。



 聞いているうちに涙があふれてきた。父に会いたかった。

 母もそんな私を抱きしめて「ごめんね。ごめんね」と繰り返すばかりで、明確な答えは返って来なかった。私の涙は、母の着ていた服に染みていった。



 その日は泣き疲れてぐっすり眠った。翌朝、起きた私は反省した。別れ際に父と、母を困らせないよう約束したのを思い出したのだ。

 それ以来、父の話題を出さないように気をつけるようにしていた。



 母が、父の仕事について話してくれたのは、私が中学生に上がった頃だった。父が家を離れてから、すでに五年以上が経っていた。

 私と母の間で、父のことを話したのは、その二回だけだった。



 それでも、父の柔らかい陽だまりのような笑顔が、穏やかで優しい声が、頭に乗せられた大きな手のひらの温もりが、ふとしたときに胸をよぎる。



 母は今日、何時に帰って来るのだろうか。レンジで温めた昨日の夕飯の残りを咀嚼しながら思った。

 母は、いつも私が寝るころに帰って来るくせに、朝起きるのはほとんど同じ時間だ。昼間は家事をして、夕方からパートに出る。私の弁当も母が作ってくれている。



 私がいなければ、母はもっと充実した生活を送れていたのではないか。私が負担になってしまっているのではないか。そんなことを考える。

 消えてしまいたいと、久しぶりに思った。
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