銘柄
と、そのとき。
ふと脳裏を掠めたのは、お兄さんが女の人と腕を組んで歩く姿だった。
「…、………」
「お姉さん?」
首を傾げて此方の様子を窺う彼を尻目に、不自然なほど速まる動悸に驚いた。
目の前に居る、お兄さんが別の女性と。
そう思っただけで吐き気まで催してしまうなんて。
恋愛経験は人並み。
ただ、自分から好きになった人は居ない。
「(なに、…これ)」
頑なに自らの感情の意味を考えようとしなかったのは、単なる"逃げ"に他ならなかった。
「もしかして具合悪い?」
「んー、大丈夫。ありがと」
「無理すんな?」
眉尻を下げてそう零す男を前に、下がりそうになる頬を必死に持ち上げた。
「ねえ、あのさ。ひとつ聞いてもいい?」
「どうぞ、おねーさん」
「…、なんで毎週この公園に来るようになったの?」
ベンチに腰を下ろすと、目の前に立つ男を見上げてみた。
私が零した疑問に一度目を伏せると、彼は薄く唇を開いて音を乗せていく。