銘柄
何の躊躇いもなくその樹幹に手を添えると、呆然と園の中央に立ち竦む男を見つめた。
「私の言いたいことは以上だけど、お兄さんはいいの?」
本当にこれで、最後にするつもりだった。
元々、何の約束も無しに始まったこの曖昧な逢瀬に意味はない。
そんな感情を込めた強い瞳で彼に返答を促せば、その言外の思いも少しは伝わってくれたらしい。
大きく目を見開いた男を見て、少しだけ救われた。
「お姉さん、待ってよ」
「……待たないよ。でも、言いたいことがあるなら聞いてあげる」
「あるよ、ありすぎて困る。だから、」
そう言い掛けた男を見上げると、少し離れた距離でも分かるほどその瞳は力強くて。
思わず息を呑んで静観していると、彼は長い脚を動かし此方への距離を詰めてくる。
「これからも、俺と逢ってよ」
私の中での"最後"が、音もなく崩れ去った瞬間。
意志が、弱過ぎると言われたらその通りだけれど。
でも、お兄さんが私と逢いたいって。これからも話をしたいって。
そう言ってくれることで舞い上がるほど、私はこの男に入れ込んでいたらしい。