銘柄
「ちげーよ」
「……」
「何時にも増して可愛い、ってこと」
私とは対照的に緩めた目元でそう言葉を乗せた彼は、黒髪を風に掬われながら一度深く呼吸をしてみせる。
そんな様子を間近で見ていた私は、
「お兄さん、ちょっと詰めて」
「え?」
「私も座る」
そう呟いては手で端に寄るよう促したつもり、だったのだけれど。
「あっれー、おかしいな」
「……何が?」
「お姉さん、もう一回言ってもいい?」
疑問として言葉を落とした割に、男は私の反応を待たず矢継ぎ早に声音を発した。
「今日のお姉さん、すっげー可愛い」
「、…――っ」
「あ、やっと効いた?」
「(…、狡猾……)」
人の気も知らないで。
思わず顔を背けて表情を悟られまいとした私だったが、どうやら男はそんな此方の様子を別の態で捉えたようで。
「ちょっと待って、おねーさん」
「っ、」
「怒った?」
掴まれた手首が異様に熱い。
態と、彼御得意の"誉め言葉"に耳を塞いでいたのに。
言い直されるなんて、想像も付かなかった。