銘柄
「……、」
最後にちらり、一瞬だけ視線を送って方向転換。
私が目指すのはベンチから少し離れたところに在る灰皿だ。
成人祝いに自分で買ってみた煙草を、ビニール袋の中で転がしてみる。
カサリ、音が鳴るのと同時に姿を現した箱に視線を合わせた。
――と、そのとき。
「なーにやってんの、お姉さん。未成年がタバコ吸っちゃ駄目だよ?」
「ッ、…!?」
耳元を掠めた吐息。
甘く痺れるハスキーボイスが鼓膜に届くのと同時に、私の肩は驚くほど飛び上がった。
バッと勢いもそのままに振り向けば、漆黒の瞳を此方に向ける青年と視線が絡む。
何だか逸らしたら負けのようで、眉根を寄せつつじっと見据えていた。
「ね?」
甘ったるい仕草。
ただ立っているだけで色気むんむんの男は、小首を傾げるとスーツに包まれた腕を此方に伸ばしてくる。
嗚呼、今気付いた。
この男、さっきベンチに寝そべっていた奴だ。