銘柄
嫌な予感がした。
もしかしたら私が気付かなかっただけで、彼はあの日観衆に紛れる私の姿を認めていたのかもしれない。
そうしたら、どう思うかなんて至って明瞭だ。
―――"え、見たって何処で!?"
―――"物凄い慌てっぷりだね……"
隠したくて仕方のなかった自らの姿を勝手に見られた上に、先週私は此処には来なかったのだから。
「(――、嫌われたかも)」
語末を"かも"で濁らせたのは単なる私のエゴだ。
と、そのとき。
何時も彼が座っているベンチに見覚えのある"何か"が置かれていることを認め、一瞬息を詰めてから趨り向かっていく。
まるで何かに縋るように、その場所だけを見つめながら。
「……、…これ」
それの正体は、何時かの私が買って此処へとやって来たときと同じもの。
初めてお兄さんと言葉を交わす切っ掛けとなったあの、煙草の銘柄だった。