銘柄
何時もよりも遅く家を出ると、そのまま例の公園に向けて歩を進めていた。
入口付近に聳える老木の陰に人影を感じてそっと目を向けてみる。
「――…、……」
鼻に付く紫煙の香り。
少し距離を隔てた此処からでも窺える、スラリとしたそのシルエット。
黒っぽい、リクルートスーツ。
「お兄さん!」
「っ、!?」
目を見張って此方を見た彼。
その澄んだ瞳に映る私は、出逢った当初と同じような風貌だった。
黒い髪を高い位置で結わえたポニーテール。
素顔に限りなく近いナチュラルメイク。
そしてその表情は、
「――…話が、あるの」
一点の陰りも無く、揺るぎ無い決意に満ちていて。
「……、…うん」
穏やかに瞳を細めた彼は、私の胸中に秘める想いに気付いたのかもしれない。
青々とした葉を茂らせる木々が、私たち二人の頭上で優しく風に掬われていた。
カサリと揺れるその音を思い残すことの無いように深く耳を傾け、私は徐に口を開いていく。