あかしや橋のあやかし商店街
「おそらくこうじゃな。まず、雷の音で童子が驚いたと同時に、掛け軸の方も動いたんやろう。そして、棚から落ちた拍子に箱が開封し、掛け軸も開いた。その隙間からわんちゃんが逃げ出した」

 真司は菖蒲の説明を頭の中で想像する。
 菖蒲は真司の目を真っすぐ見ながら説明を続けた。

「この童子は、雷の怖さとわんちゃんが逃げ出したことに悲しみ、泣き始めた。わんちゃんも戻りたくても雷が怖くてなかなか戻れなかったんやろうね。そこに、真司が現れた。お前さんは、落ちている掛け軸を拾ったのではないかえ? そして、悪天候は数日続いていた」
「はい。暗くてよく見えなかったんで、最初は辺りを探していました……菖蒲さんの言うとおり、二、三日は雨も続いていました」

 菖蒲は「やはりの」と言うと、真司が取ったであろう行動も含めて、説明を続けた。

「ふむ。掛け軸が落ちているのに気づいたお前さんはそれを見つけ、童子に話を聞いたあと、掛け軸を再び箱に閉まったのではないかえ?」
「はい」
「だから、わんちゃんはそのあとも戻れなかったんよ」
「え?」

 混乱する真司に、菖蒲はわかるように説明をする。

「出てきた掛け軸に戻るためには、再び、その掛け軸の中へ入らんとあかん。しかし、掛け軸は真司の手によって箱の中にしまわれた。掛け軸が開かない限り、わんちゃんは元の場所には戻れんのじゃ」
「じゃあ、犬が帰れないのは僕のせいだったんですか……」

 そう言って、シュンとなりうなだれる真司に菖蒲は優しく微笑みかけた。

「気にすることはあらへん。お前さんは、こうして童子の悲痛な願いを聞き入れたのやから」
「……はい」

 それでも真司の気は晴れなかった。自分のせいで本来の居場所に帰ることもできず、暗い物置の中で今でも怯えてるのかもしれないと思うだけで、とても申し訳なくなった。

「さて、と」

 菖蒲は掛け軸を丁寧かつ慎重に丸めると箱に納めた。
 そして、すっと立ち上がると真司に向かって微笑んだ。その微笑みは、どこか意気揚々としていた。

「わんちゃん救出作戦に行くぞ、真司!」

 そのネーミングセンスってどうなんだろう……と、思ったが、真司は不思議と落ち込んでいた気持ちが消えていくように感じた。そして、手を差し伸べる菖蒲の手を握ると元気良く返事をしたのだった。

「はいっ!」
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